アセンションとかスピリチュアルとかの言葉に対する思い

人生への欠乏感をアセンションに求めない


自分が生きてる社会全体の欠乏感


世の中の人全体の欠乏感


これが 刺激され続けている限り


たくさんの人類の欠乏感は減りっこない



地球🌏で起きてる出来事は我々の集合意識でできている


 スピリチュアルの世界ではアセンションというお伽話(?)で沸いてるけれども ある意味でこれは 自分が人生に主導権を握って 生きやすくする為の一つのきっかけや賢く生きる考え方だと思うし呼び方や捉え方は様々ですが


どう見ても今の社会システムはシフトアップして変わって行かなきゃ理想的な社会とは程遠く

ほとんどの人は意識とか心の状態に無関心だし目を向けないようにしていたり

内面を見つめる人は精神的に弱い人、社会では弱者のように扱われるのが主流の現代社会にまだまだ見える

20年前よりは随分とマシだけど いまだに社会ではスピリチュアルと言う言葉に偏見がまだまだあるのがその証拠だ


けど昔から気やスピリチュアルや八百万の神々への深い尊敬と感謝と共に御先祖様は命を繋いでくださった中にしっかり精神世界は根付いてる

 

企業でもGoogleやインテルが瞑想の時間を取り入れたりマインドフルネスに注力していてなんだかその事自体にはホッとします


もっと個人が心や意識に向き合い関心を持つことが何よりも大切だと思うですがそれには理由がある


この社会や世の中は個人の意識や心の投影で成り立っているから心の反映が現在の社会の姿だから 


どう見ても私たちが理想と求める姿と現状の社会の姿はズレているとしか見えない


もしくは人によっては理想と言うのも持ってないかもしれない


もっと個人は自分の意識や心の状態に責任を持って然るべき


世界戦争は身近な不足感から始まっていると思し


身近な事では

スーパーで買い物していると小さな子ども達をそんなに怒るか?ってぐらい親が叱っていたり 暴言を浴びせられて泣いてる小さな子どもの姿を目にする時は

切なく何ともやりきれない気持ちでいっぱいになる

親御さんも必死に子どもをしつけ欠乏感の中で子どもを育てているし

そう言うのは嫌だなと思うけど少なからず私も子育て中にはイライラして必死だったから気持ちもわからなくない

けど子どものことが1番不憫に思います。

子どもも親を頼りに必死で生きている

環境は大切だと思う

なんとか出来ないかなと。

もっと人が心の状態に関心を持っていればミクロからマクロの意識や創造の力は少しずつでも好ましい方向に向かうと信じている


我々は少なからず地球人として飼いやすい状態にプログラミングされて大人になっている


ふわふわしたスピリチュアルではなく自分の人生の目的をしっかりと生きるかを追求する考えや

セルフイメージが自分の人生を操縦していると

しっかりと腑におちれば 人生の主導権を自分以外の人に預けてしまい生きづらい現状を抱えている人はもっと自分の心に関心を持って

諦めなくていい環境が自分のなかにあること

を知ってもらえたら嬉しいです

精神的な学びや 自分を癒して

心の持ち方 受け止め方 物事の見方を充実させられる事は 集合意識を我々の理想に近づける大きな力だと思います

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